巻13相聞の部の女性作者(3)

25 万葉集の枕詞
06 /04 2020
   巻13相聞の部の女性作者(3)
 巻13相聞の部の冒頭にある歌の大きな特徴は、若い女性と見られる作者の心の悩みを詠った所にあるのだと思います。自分の内心をさらけだした歌なのです。それは例えれば歌垣の歌等とは全く違うものです。歌垣の歌とは、「不特定多数の一人」に向かって発される求愛歌です。一対のカップルになろうとして競い合う自己主張の歌であり、駆け引きの歌であったろうと想像するのです。古代の男女が自由奔放に性を謳歌したと言われる歌垣のことです。その愛の歌が、自分の悩みなどを披露するわけがない。そんな歌で異性を惹きつけ虜(とりこ)に出来るとは、全く思えないからです。或いは又、一夫多妻制の皇族や豪族の貴公子が臨機応変に詠う求愛歌、その時々の歌に対応した女性の歌とも違う気がするのです。そんな嫉妬を秘めた歌とも思えないのです。第一古代において、女性の純情を吐露したからと言って、必ずしも相思相愛の物語が進展するとは思えません。それを巻13相聞の部の冒頭歌の女性作者は、相手に全面の信頼を委ねています。そのような関係の中で自分の心を詠っていると想像するのです。
この歌群では、「しきしまの日本の国」と言う国魂のこもった章句が、3個も使用されています。「日本(やまと)の国」は、集中17個の使用例がありました。その内作者判明歌11個は、全て天平時代以降のものと思われました。残る6例は巻13の長歌で使用されているのです。その内の5例は女性作者の歌と思われるものです。そして、相聞の部の第1、2歌群で「敷島の日本国」(3個)と「あきつしま日本国」(1個)の4例が集中しているのです。繰り返しますが、万葉集で使用された「日本の国」は、17首中11首が作者判明歌です。その全ては、天平時代以降の長歌と推測されるものなのです。なので、巻13の作者不明の歌で使用された6個の例が、いつの時代に使用されたかは、とても重要なのです。
 万葉集で「やまとの国」の使用は17例ですが、「やまと」の使用例を調べれば59例(「やまとの国」も含めて)あります。各巻ごとに使用例を挙げると次のとおりです。
     やまと(やまとの国の使用例)
巻 1―12(2:雄略・舒明天皇の長歌)
巻 2― 2(0) 
巻 3― 8(1:山部赤人の長歌)
巻 4― 2(0)
巻 5― 2(1:山上憶良の長歌)
巻 6― 5(1:大伴家持の長歌)
巻 7― 4(0)
巻 8― 0
巻 9― 2(1:笹金村の長歌)
巻10― 2(0)
巻11― 1(0)
巻12― 1(0)
巻13― 7(6:読人知らずの長歌)
巻14― 1(0)
巻15― 2(0)
巻16― 0
巻17― 0
巻18― 0
巻19― 3(3:遣唐使送別2・家持1の長歌)
巻20― 3(2:家持2の長歌)

 なぜ「日本(やまと)の国」に、「大和(やまと)」という言葉を加えて調べたかと言うと、大伯皇女の代表的な短歌「吾が背子を大和へ遣ると、小夜更け……」を思い出したからです。「日本の国」を使用した作者判明歌は、雄略、舒明天皇歌を後人の仮託歌と見なせば、全て奈良時代以降の作と推測されました。残っている「日本の国」の使用例は、巻13の「読み人知らずの歌」6例だけなのです。ここに、大伯皇女の歌の「大和」を引き込んで見たのです。結論を言えば、「大和」を使用したのは天智天皇の歌が一番古いのですが、次に大伯皇女の歌が続くのです。そして阿閉皇女(後の元明天皇)が使用したのは、ずっと後のことです。天智天皇の歌は、鏡王女への相聞歌です。この御歌も次に中臣鎌足の歌が絡んでいるので、奇妙な関係にある歌です。後人の仮託歌と見なせば見なせる歌です。作歌時代が確定できるという点から判定すれば、万葉集59例の「大和」を使用した歌で、一番古い使用者には、やはり大伯皇女が登場するのです。そして、「大和」を使用する作者の共通する位置に合致しているのです。つまり、本人が大和に居ないと言う点です。天皇の国見歌を除けば、行幸や旅の途上者であったり、他国への赴任や遣唐使派遣に関連している歌なのです。またはそのような関係を持つ者の哀歌が多いのです。
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巻13相聞の部の女性作者(2)

25 万葉集の枕詞
05 /31 2020
   巻13相聞の部の女性作者(2)
「相聞の部」第1歌群
○長歌(13-3248)
  敷島(しきしま)の 日本(やまと)の国に
  人多(さわ)に 満ちてあれども
  藤波の 思ひまつはり
  若草の 思ひつきしに
  君が目に 恋ひや明かさむ
  長きこの夜を
○反歌(13-3249)
  敷島の日本の国に人二人
    ありとし念(おも)はば何か嘆かむ
 
 反歌から先に解釈すると、作者は「私の思う人が、この世界に二人といるならば、私は何を嘆くことがあるでしょう」と詠(うた)っています。私の苦しい胸の内を紛(まぎ)らす代わりはいない。貴方だけを思っている。貴方を思い、逢えない苦しさで私の嘆きは止まない。と言うのです。
 そして長歌で 「この日本の国に人はたくさんいるけれど、波打つ藤のようにまつわり、若草のように私の思いが離れない貴方。逢いたいと願って今日も恋明かすのだろうか。長いこの夜を。」と、作者は詠っているのです。「敷島の日本の国」は、集中でポピュラーな言葉ではありませんでした。たった7個の使用例です。作者判明歌3首は全て男性でした。そして4首は巻13にあり、3首が相聞の部第1.2歌群に集中しているのです。
 この歌は「読み人知らず」で、実際は作者名も性別も分かりません。ただ長歌で「君(一般に女性から男性への呼称)」を使用していること、歌の情緒から推して、若い女性作者が想像されます。作歌事情も不明ですが、歌の趣旨は現代の私たちでも共感を持って理解できます。つまり恋の悩みを吐露した歌です。代替の出来ない一人の異性、そのかけがえのない貴方に向けた愛の嘆き歌です。そのような若い女性の歌が、巻13相聞の部の冒頭にあるのです。
 相聞歌は愛の歌だから、皆このような歌が詠われている。と思うならば大変な間違いです。長歌が短歌よりも古い形式だという理屈に立って、記紀歌謡と万葉集を見渡して見ました。記紀歌謡にある相聞歌らしきものは、八千矛神の求愛歌(妻夜這い)に始まって軽皇太子と軽皇女の密愛の歌や歌垣で娘を巡って争う若者の歌などが載っています。誰でも読めば解(わか)ることですが、女性から「あなたが二人といるならば何を悩むでしょう」と詠っている歌謡はどこにも見当たりません。短歌で拾って言えば、允恭天皇代の次の二つの歌ぐらいでしょうか。
 ○君が往き け長くなりぬ山たづの
    迎へを行かむ待つには待たじ(記88)
 ○我が夫子(せこ)が来べき夕なり ささがねの
    蜘蛛の行ひ 是夕(こよい)しるしも(紀65)
 これらは女性から自分の思いを語っていると言う点では、共通するものがありますが、巻13歌の余韻嫋々(じょうじょう)たる風情はありません。それに允恭天皇代の逸話は、近親相愛に関わった物語の部分にあるのです。
 
 一方、本体である万葉集相聞の部にある長歌を見渡せばどうでしょうか。万葉集の長歌相聞は55首、各巻の長歌相聞は次のとおりです。
     「相聞の部にある長歌」(作者)
●巻2 ― 3首(柿本人麻呂の岩見国相聞歌3)
●巻4 ― 7首(斉明天皇・多比真人・安貴王・坂上郎女2・金村2)
●巻8 ― 3首(金村・家持2)
●巻9 ― 5首(大伴卿を送る歌・金村2・遣唐使を送る母の歌・娘子を思ひて作る歌)
●巻13 ―37首
   合計ー55首
 巻4(相聞歌)の巻頭にある岡本天皇の長歌は、この長歌と「人多(さわ)に 国には満ちて」「明かしつらくも 長きこの夜を」等で類句を持ち、歌の内容もとても似ています。仮に岡本天皇には斉明天皇が該当するとすれば、女帝の年齢から考えても60歳前後のお婆さんでした。該当歌にふさわしいとは思えません。そもそもこの女帝には恋の逸話も伝わっていないからです。また、巻4相聞歌の冒頭に、「難波天皇の妹が大和にいる皇兄に送った短歌」がありますが、この短歌も特定な個人に寄せた思い歌です。これらの2つの歌は、巻13の長歌相聞と似通っていますが、歌のオリジナル性ならば巻13の歌の方にあると思います。かけがえのない一人の男性に寄せた若い女性の愛の歌として、集中では異色な色彩を放っており、出来映えは出色なのです。

巻13相聞の部の女性作者(1)

巻13相聞の部の女性作者
05 /24 2020
   巻13相聞の部の女性作者(1)
 巻13相聞の部の第1、2歌群の歌(長歌3首と反歌4首)について、第2歌群の最後にある「人麻呂歌集の歌」という題詞にとらわれないで考えてみます。2つの歌群は、歌の解釈から察すれば若い女性の相聞歌でした。「人麻呂歌集の歌」は、相聞歌らしくはありませんが、先にある女性歌と同じ作者の歌だとしても違和感を持たせません。むしろ「人麻呂歌集の歌」と言う題詞が挿入されなければ、「えっ、この作者は巫女?」みたいな女性作者の身分に対する興味をさらに広がらせる役割を果たしています。恋を詠う若い女性が、海外渡航する人々の無事を祈念する歌を詠っている。そんな風に解釈出来る歌だからです。万葉集の歌を見まわした時、天平5年の遣唐使送別歌3首が、巻13の女性長歌と多くの類句を持っていることは、容易に気づけることです。人麻呂を冠しなくてもこの歌は、遣唐使送別歌との関連が呼び起こされたのです。すると、「日本国(やまとのくに)」や国に掛かる枕詞「敷島の・あきつしま」や「あしはらの瑞穂(みずほ)の国」を駆使した女性歌人は、相聞歌を詠う一方で、海外派遣団への祝詞を思わせるような長歌を詠った女性歌人としても浮かび上がって来るのです。そんな巻13相聞の部の冒頭歌群は、歌の内容から見ても大きな意義があるのです。反歌を含めた相聞長歌2首を並べて、もう一度私の解釈を加えながらその意義を考えて見たいと思います。
 
 万葉集研究者は誰一人言及しませんが、万葉集の文学的意義を論じるならば、この2つの相聞長歌にこそ宿っていると思うのです。万葉集中唯一の長歌巻であり、雑歌、相聞歌(問答、ひゆを含む)、挽歌の3部立ての区分を持っている巻13です。 長歌は短歌よりも古い形式の歌である。それは研究者でも異論のない共通した見方だと思います。ならば長歌巻(巻13)を、集中で一番古い歌を集めている巻と捉えて考察するのが順番というものです。もちろん、巻13長歌巻が集中で一番古くて、歌の原点があるなどとは、誰も言っていません。それでも私は、順序で言えば巻13が万葉集の登山口であろうと注意喚起したいのです。そして相聞の部の冒頭を占める2つの歌群を挙げて、ここにある重要な意義を論じて見たいのです。

 5月の閑話 (続)

15 閑話
05 /13 2020
   5月の閑話
   俳句を学ぶ(続)
 私の手元にあるSさんの俳句は、「半夏生」に始まって、「独り言」「千の風」「生身魂(いきみたま)」「原爆忌」「山稜(さんりょう)」「かいつぶり」「吾亦紅(われもこう)」「暗夜行路」「秋霖(しゅうりん)」「狩野川」「太平洋の白鳥」「竹の春」「秋の繭」「冬銀河」「寒桜」「鬼やらい」「春霖(春雨)」「恵方道」等のテーマ20篇以上に渡ってあり、軽く200首を超えます。一挙掲載などと述べましたが、本人の許可も得ずに行える訳がない……だろうかと思い至りました。そこで、私との交流に関係した部分の句を挙げるという形で数例を示し、我が師匠のすばらしさを称えたいと思います。でもやはり、逡巡しつつ10篇からの句を選別してしまいました。
3「千の風」以下は、批判を得たら撤去いたしますので、Sさんご容赦下さい。

1 半夏生(はんげしょう)
 ○空耳か新涼の森つぶやいて
 ○散策が日課となりて半夏生
 ○夏木立声なき声の独り言
 ○工房のガラス風鈴鳴り止まず
 ○葱坊主(ねぎぼうず)友欲しき顔ばかりなり
 ○ひぐらしの声にも釣瓶(つるべ)落としかな
 ○遮断機の向こうに日傘かたまりて
  (以下省略)

 先生の俳句に批評を加える力量はありませんので、ただただすばらしいと拝受するのみですが、私ばかりが添削指導いただくのでは、先生も張り合いがないのではと案じられます。そこで私の印象と感想ならば、私個人のものですのでお伝えしても失礼にはならないだろうと考えて、次にしたためてみました。
 半夏生(はんげしょう)という、この響きの良い言葉を知りませんでした。辞書で引いたら次のようでした。

 ●半夏生(はんげしょう)
 ドクダミ科の多年草「半夏」が生える頃の意。水辺に高さ60㎝ほどに生え、半夏生の頃だけ項の葉の下半分が白くなり、白い穂状の花が咲く。夏至から11日経過した頃。初夏の季語。

 そのテーマに沿って作られたであろう先生の俳句に感嘆するばかりです。特に「空耳か」の句が好きです。「夏木立」は平明なのに深い味わいが感じられます。私も「夏木立」で一句作って見たいです。「工房の」は、鮮やかな聴覚と視覚がいっぺんに飛び込んで来ました。素晴らしいです。(以下略)今後、よろしくご指導をお願いします。

2 独り言
 ○微笑んで挨拶する児涼しけり
 ○懸命に何伝えるや蝉しぐれ
 ○遍路より帰りし母の独り言
 ○撒水(さっすい)の霧にも虹の生まれけり
 ○打ち水の乾きつつ道匂いけり
 ○蟹族の集まりて来し登山口
 (以下略)
 
 七年を地中に生き、蝉になって三日の命……と聞いたことがあります。命を震わせているのだと思うと、蝉時雨も感慨深いです。「母の独り言」は、先生のお母さんでしょうか。何かしみじみと心が打たれて、この句も好きです。「撒水(さっすい)の虹」は、あるあるの光景です。それをすくい上げるところがすばらしい。それに「打ち水の匂い」は、断然いいです。光景が目の前に匂いとともに浮かびます。この道は、アスファルトではなく、埃(ほこり)っぽい土の道が思い描かれます。そんな懐かしい景色とともに読みました。


3 千の風
 ○赤い羽根君は帽子に吾胸に
 ○何もかも忘れコスモスロードかな
 ○雲流れなほ満月の堂々と
 ○千の風空に合掌彼岸花
 ○木々もまた語らひている秋の声
4 生身魂(いきみたま)
 ○百までも母の息災生身魂(いきみたま)
 ○門火(かどび)消え帰る亡父の思いかな
 ○静けさや後ろで栗が一つ落ち
 ○庭すみで急に泣き出す雨蛙
5 原爆忌
 ○夕焼けや下校を告げるわらべ歌
 ○哀悼の悲歌に包まれ原爆忌
 ○今日の日も終戦の日も蝉時雨
 ○風鈴の音の異なる風の道
6 山稜
 ○雲流れ秋めく空の青さかな
 ○拭き終えし階下涼しき風落つる
 ○石塀のノウゼンカズラ外科医院
 ○山稜の転がり落ちる明けの月
7 かいつぶり
 ○いつ浮くや湖面に消えしかいつぶり
 ○かいつぶり思わぬ方に浮き上がり
 ○細波(さざなみ)のきらきら光り湖畔宿
8 吾亦紅
 ○透き通る鈴虫の声湯治(とうじ)宿
 ○慎ましや野風に耐えて吾亦紅
 ○シリウスの糸引き吠える秋の声
 ○花すすき揺れて流るる風の先
9 暗夜行路
 ○秋深し源氏の恋を語りけり
 ○秋愁い暗夜行路を旅立ちぬ
 ○風そよぐ秋の水郷瑠璃(るり)色に
 ○斎場に纏(まつ)わりつくや虫時雨
10 太平洋の白鳥
 ○真青なる空に龍勢(りゅうぜい)花火かな
 ○日本丸秋の港に羽根休め
 ○日本丸セイルドリルや天高し
(注)現在日本丸が清水港に入港し、一般公開されている。日本丸は白い帆を広げた美しい姿から「太平洋の白鳥」と呼ばれている。この日は、実習生による帆を張る訓練(セイルドリル)が行われていた。

 Sさんから最後にいただいた言葉があります。今読んでも、感激し、励まされます。俳句に限らず、私のブログもそうありたいと願っています。
 (前略)
 説明調の句が多いので、写生にこだわってみてください。写生が句を説明し、解説してくれます。心象は写生から生まれます。俳句は花鳥風月を諷詠(ふうえい)する詩でもあります。
 感性はすばらしいものがありますので、俳人の句を読まれることをお勧めします。表現力が増せば、さらに良い句ができると思います。私は自分で気に入った句は、百句中一句位です。砂の中から金を探すようなものですが、砂が無ければ意味がありませんので、これからも砂の句をたくさん作っていくつもりです。
大変失礼いたしました。

  普段着で抒情の心秋澄めり

5月の閑話

15 閑話
05 /12 2020
   5月の閑話
   俳句を学ぶ
 単身赴任で1年しか務めなかった職場で、Sさんと再会した。Sさんと僕は、東京の職場の独身寮で一緒だった。その頃僕たちは、みんな元気で仲が良かった。彼は酒も煙草もたしなまなかったが、麻雀はピカイチに強くて一目置かれ、物腰も礼儀正しく、先輩とは名ばかりの僕と正反対だった。何年かして僕は東北に転勤し、その後彼もまた地元に転勤して行った。数十年の後、僕は彼の職場に転勤し、再び一緒になったのだった。単身赴任で流浪した僕は、海千山千になっていたか知らないけれど、彼は僕よりもずっと繊細な人になっていた。その分職場では孤独で目立たない人になっていた。業務に俳句指導を振ったのがきっかけで、僕たちは俳句の師弟関係を持ったのだった。先生と呼びつつ僕は彼の実力を高く崇めていたわけではなかった。俳句ぐらい僕だって作れるし、僕の叙情に較べてSさんの叙情なんてと高をくくっていた。だから、Sさんが最初褒めてくれた僕の俳句は、それ以上に伸びなかった。1年で僕たちは別れて、俳句に係る僕たちのつながりも途絶えてしまったのだった。
 その時、二人で交わした俳句のレポートファイルがある。僕の句は10数回のレポートで、150首を超える程度だが、Sさんの句は10首以上を並べた句が30数枚に及んでいる。彼の俳句を今になって読むと、その素晴らしさがしみじみと解る。較べて僕の俳句は、どんどんだらしなくなっていた。それをSさんはよくも諦めずに、丁寧に添削し、最後まで範を示してくれたのだった。僕に付き合いながら、すてきな俳句を次々に示してくれていた。そんな僕とSさんの俳句を挙げて見たい。他人から見れば、面白くも何ともないかも知れないけれど、僕の俳句は思い出を辿(たど)って見つけた僕の光のかけらだし、Sさんの俳句は解る人から見ればきっと本物に輝く作品だと思うから。それをネット宇宙に掲げて見たい。


1回目
(Sさんの評)
 花の種類やその特徴をよくご存知で花を愛する先輩の気持ち(観察力や優しさ)が伝わってきます。基本である写生句が中心で詠まれていますが、その中から喜怒哀楽の感情が素直に伝わって来ます。次の句を選んで見ました。

○茅葺きの人無き庭に黄水仙
(評)茅葺きの家はめっきり少なくなりました。どこかで見られ、懐かしさに目を奪われて見入っていると、無人の庭に多年草の黄色な水仙が咲いていた……その情景や優しさまでが感じられます。
○雑踏や陽炎の立つ街を行く
   ●先生の添削→雑踏や揺れる陽炎石畳
○ほろほろと落ちし憂いや柿の花
   ●添削→ぽろぽろとこぼれ落ちるや柿の花

 推敲とは、自分で作った句を見直しさらに良い句にすることです。季重ねはないか、季語を説明していないか、形容詞を使っていないか、切れ字を二つ以上使っていないか、文法的に問題はないか、表現方法に問題はないか等について見直してください。
 残りの句もすばらしいものがあります。それはまたの機会にさせていただきます。


2回目(初夏)
○河骨の涼しげに見ゆ水面かな
 河骨:沼や池に生えるすいれん科の多年生植物。夏に黄色い花を開く。
(評)「河骨」と「涼し」は季重ねですが、主従がはっきりしているので問題ないと思います。
○スカートの笑う娘(こ)がいる夏木立
  ●添削→スカートの似合う子がいて夏木立
○藪(やぶ)中で我を見つめし蛇苺(へびいちご)
  ●添削→藪中の我を見上げる蛇苺
○芝刈り機文字擦り草を残し置く
(評)すばらしいです。
  ●添削→芝刈り機文字擦り草を残しけり
○昼顔に虫潜(もぐ)りける日射しかな
(評)すばらしい感性です。
  ●添削→陽射し浴び昼顔に虫もぐりけり

3回目(晩夏)
○露天風呂青田の風を一人受く 
(評)作者の句ですので一人は不要です。
○夕焼けにまだ残りたる北の雲
  ●添削→夕焼けのまだ残りたる北の雲
○行く先に虫跳ねていく野の小道
(評)実にすばらしい感性です。敬服しました。
  ●添削→先へ先虫跳ね飛ぶや野の小道

4回目(中秋)
○安倍川の河原暮れゆく芒(すすき)かな
(評)一般的ですが良いと思います。
○山川も秋に染まりて風の中
  ●→秋深き燃える山河に風が立つ
○茶畑が寝そべって受く秋の風
(評)この情景で擬人法は好ましくないように思えます。
  ●→山畑に風すべり降り秋の暮れ
○闇入れて金木犀の香り嗅ぐ
(評)「闇入れて」が平明でないと思われます。夜を詠もうとするより香りの強い朝をイメージした方が自然です。

5回目(身障者施設の祭日に参加して)
○時雨降る一日の園の祭りかな
○たどたどし書画の命をじっと見る
(評)おぼつかない書画の作品と障害者の生き様が伝わって来ます。残念ながら季語がありません。
  ●→おぼつかぬ絵筆のあとや秋日濃し
○歌声が雨降る園にコスモス祭
  ●→歌声が時雨(しぐ)るる園に響きけり」
○コスモス祭出店の酒で昼に酔う
(評)次の句につながりますが、この句自体は説明的です。
○酔眼に幸せ薄き秋桜
(評)悲しさが伝わってきます。良い句です。
○身障の心疲れし月夜かな
  ●→月明かり疲れし心癒やしけり
○月天心桜の園を照らしけり
(評)桜の園を知っている人であれば、必ずじーんときます。ただ、特定の施設での行事等を読む場合、一般の人には解りにくいので、解るように詠むか、そうでなければ注釈を添えると良いでしょう。


6回目(冬)
○雪囲い空き家を縛り暮れにけり
(評)囲いと縛るは同義。空き家を縛ると言う表現も?
  ●→空き家とて厳しく雪を囲いけり
○冬日向畳の上を縮みけり
(評)上は不要。畳で十分です。このような感性が私は好きです。なんでもない情景を詠むことで、そこからポエムが生まれて来ます。
  ●→和室にもわずかに残る冬日向
○大寒も表日本の青い空
  ●→大寒や日本列島晴れ渡り

 すみません。先に自分の俳句ばかりを挙げてしまいました。僕の句を誇示したいためではありません。ちょっと出来ると思っていた自分の俳句とSさんの丁寧な指導を並べて見ました。次回にSさんに宛てた僕の感想文も挙げながら、彼のすてきな作品を一挙掲載して見たいと思います。

読み人知らず

 東北の田舎に暮らす退職者です。こんな年齢で万葉集を読み始め、読むほどに好きになりました。たくさんの人が万葉集について語っています。
 私も、巻13にある「読み人知らずの歌」を語りたくなりました。誰にも読まれずしんしんと埋もれていくとしても…